録音機器のない時代、記者たちは記憶術、速記術を身に着けて取材した

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今も昔も新聞が伝える様々な記事の中では、議会情報などの政治関連の記事が最重要の位置を占めると言えるだろう。世界で最も早く議会制度を軌道に乗せたイギリスでは、政治家の発言や討論、政府の発行する資料を新聞が競って報道することに努めた。

ところで、録音機器に恵まれた現代の記者と異なり、昔の記者は議会の審議をどのように記事に仕立て上げたのだろうか。記録を取って記事にしたと想像されるが、実はイギリスでは議会での記録は長らく禁止されていた。少なくともタイムズ紙が創刊された頃はそうだった。だが、どのような制約が課されていても、人間は与えられた条件の中で様々な能力を開発する術を身に着けているようだ。記録が禁止されていた時代、新聞記者は記憶に頼った。中でも、モーニング・クロニクル紙を創刊したウィリアム・ウッドフォールは超人的な記憶力の持ち主だったらしく、「いつもゆで卵をポケットに入れては議会に向かい、席に着くと議会の審議を最後まで聴き、オフィスに戻るとそれを思い出しながら数ページ分もの原稿にするのだ。」と、同時代人は驚きをもって証言している。「メモリー・ウッドフォール」の異名も持っていた。

その後、議会での記録が解禁されると、今度は速記術が編み出された。タイムズ紙は早い時期から議会情報の報道に注力していたが、記事を充実させるために速記術をマスターした記者の一団を議会に送り込んだと言われる。議会関連の記事で他紙の追随を許さないまでに成長したタイムズ紙は、いつの頃からか「記録の新聞(newspaper of record)」と呼ばれるようになった。タイムズ紙に「記録の新聞」の称号が与えられた背景には、速記術をマスターした記者たちの取材があったのである。

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