策士ビスマルクの筋書きの中で、タイムズ紙は役者に起用された

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1870年、プロイセンとフランスの間で戦争が勃発する。当時ドイツは未統一で、王国や公国の連合体だった。その中のリーダー格のプロイセンが、軍事力を背景にオーストリア等の近隣国家との戦争に勝利を収め、いよいよ大国フランスとの一戦に及んだのが普仏戦争だ。プロイセンを率いるのは鉄血宰相ビスマルク、フランスを率いるのは大ナポレオンの甥のナポレオン三世。ヨーロッパの二大国の対決は、プロイセンの圧倒的勝利に終わり、これを機にドイツは悲願の統一を果たし(ドイツ帝国)、プロイセン国王ヴィルヘルム一世が敗戦国フランスのヴェルサイユ宮殿の鏡の間でドイツ皇帝に即位したことは、よく知られているだろう。

ビスマルクは、この戦争を遂行するに当たっては超大国イギリスの世論を味方に付けることが必要であると考えていた。そこで駐英大使ベルンシュトルフにある秘策の実行を命じた。ベルンシュトルフの命令で、部下のクラウゼ男爵がある文書を携えてタイムズ紙の主筆ディレーンを訪問したのが、開戦一週間後の7月24日だ。クラウゼがディレーンに見せたのはプロイセンとフランスの間で数年前に交わされた密約だった。そこでは南北ドイツの統一連邦をフランスが承認するのと引き換えにプロイセンは、フランスがベルギーを征服した場合にそれを支持するとされていた。クラウゼが携えたベルンシュトルフのディレーン宛手紙には、「(本文書は)イギリス国民がこの上ない利害関心を有するものですが、文書の信憑性は保証します。」と書かれていた。

翌日7月25日のタイムズ紙にこの文書が原文のフランス語のまま掲載された。この記事がもたらした衝撃は甚大なものだった。ビスマルクの思い通りの展開になったのである。そもそも普仏戦争の発端はビスマルクによるフランス大使の電報改竄(=エムス電報事件)にあったわけだが、ここでもビスマルクの策謀の才能は遺憾なく発揮された。さすがのタイムズ紙も、この度は策士ビスマルクの筋書きの中で演じる役者にすぎなかったようであるが、ビスマルクがタイムズ紙を役者に起用したことは、やはりその影響力の巨大さを証明していると言えるだろう。

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