第一回ロンドン万博の会場計画にタイムズ紙は噛み付いた

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幕末の遣欧使節団が訪英しロンドン万博を見学した11年前、同じロンドンで万国博覧会が開催された。歴史上初めての万国博覧会である。博覧会そのものは、これ以前にも開かれていたが、国際的なものではなく、国内の産業や技術の振興を目的とした産業博覧会として各地で開催されていた。歴史的にはイギリスよりもフランスの方が先行していた。フランス革命を経て、国家主導で産業を振興しようとの機運が盛り上がっていたものと思われる。フランスの産業博覧会の成功がイギリスにも伝わり、「イギリスでも」との声が高まった。さらに、やるならフランスの物真似ではなく、国際的な規模の博覧会にすることで本家フランスを超えてしまおうと、プライドの高いイギリス人らしく考えた。こうして万国博覧会の企画が急浮上し、ヴィクトリア女王の夫君アルバート殿下を王立委員会総裁に担ぎ出し、準備が始められたのは、開幕のわずか一年半前のことだった。

第一回のロンドン万国博覧会で最も知られているのは、ジョゼフ・パクストン設計のクリスタル・パレスだろう。各国の展示ブースを収容するためにハイドパークに建設された総ガラス張りの施設、博覧会のメイン会場である。この模型図が公表され、一般市民が初めて眼にしたのは「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」である。「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」は一貫して、万博計画に賛成の立場から報道した。

タイムズ紙は博覧会の計画にどのようなスタンスを取ったのだろうか。パクストン案の前に、結果的に採用されなかった案が「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」に発表されたのであるが、これにタイムズ紙が噛み付いたのだ。反対の理由は、博覧会会場がハイドパークであるという、主として場所に関わるものだった。
(Illustrated London News, 1850年7月6日)

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