映像の時代を迎えた新聞

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19世紀末リュミエール兄弟が始めた映画は、20世紀になると文化だけでなく政治の世界をも巻き込み、巨大な足跡を残すことになる。映像の20世紀の到来である。情報の伝達が文字中心だった時代には考えられないような作用が社会の様々な局面に及んだが、何よりも大きかったのは人間の感じ方であろう。画像や映像が増えてくると、人間は文字だけの世界を窮屈に感じるようになるらしい。現代人にとってパソコンは不可欠のツールだが、個々の操作を行なう時にすべて文字で命令をしなければならないとしたら、面倒なことこの上ない。その代り、ウィンドウ、メニュー、アイコン、ボタンという画像があるから、パソコンの操作が簡単にできる。

新聞も同じである。紙面に文字がぎっしり詰め込まれていたら、誰も読みたくなくなるだろう。新聞を制作する人は、記事のクオリティを高めることだけでなく、記事の配列を工夫したり、画像や写真を入れたり、文字のフォントを読みやすいものにするなど、紙面のレイアウトやデザインにも知恵を絞っているのだ。だが、新聞がこのような工夫を凝らすようになったのは最初からではなく、文字だけの世界を窮屈だと感じる感性が登場する20世紀に入ってからのことだ。それまでの新聞は、現在の新聞とはレイアウトもデザインもかなり異なる。むしろ、確固としたレイアウトやデザインなるものがあるかどうかも疑わしい。どれでも良いので、19世紀以前の新聞を手に取って見てほしい。ページが縦長の列(コラムと言う)に分割され、その中に文字がぎっしり詰まっている紙面が出てくるはずだ。

新聞界も映像の到来に無縁ではなかった。そして、その動きを牽引する人物がイギリス新聞界に現れた。

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