外国人記者の誕生でもタイムズ紙は歴史に名を遺した

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十九世紀の幕が開けると、イギリスは幾度もフランスと戦争を行なった。フランスではナポレオンが登場し、ヨーロッパ大陸の各地でイギリス、プロイセン、オーストリア、ロシアなどの国々と戦火を交えた。イギリス国内でも大陸での戦争の情報が新聞紙面で大きく取り上げられた。そして情報を早く正確に入手することを目指して、新聞各紙は競い合った。その中で生まれたのが外国特派員である。当時外国に関する記事は外国の新聞を翻訳してそのまま転載するのが普通だったところに、自社の特派員を派遣して、独自の取材を試みようとしたわけだ。そして、最初に外国特派員を派遣し、独自の取材ネットワーク網を作ったのは、他でもないタイムズ紙だった。五十年後のクリミア戦争の時、タイムズ紙は記者を戦地に派遣し、従軍記者の誕生を演出したが、外国特派員を初めて世に送るというジャーナリズムの歴史における栄誉にも浴することになったのだ。

派遣された外国特派員は数人したようだが、最もよく知られているのはヘンリー・クラブ・ロビンソンである。ロビンソンが派遣されたのはドイツ北部のアルトナ(現在のハンブルク)。元々ドイツ文学に精通し、ゲーテやシラーとの交際を持ち、ジャーナリストというよりも文人肌のロビンソンにとって、アルトナでの勤務は文学的想像力を刺激するものだったようだ。ロビンソンの他にも、多くの特派員らが集まり、情報を交換し合ったアルトナは、さながら北部・中部ヨーロッパの情報の集積地の様相を呈したと言われている。

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