タイムズ紙は、最初から万博の計画に反対だったわけではない

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万博の会場計画に反対の声を挙げたタイムズ紙だが、最初から反対だったわけではない。万博計画が公表されたばかりの頃は、世界の国々の工業製品を展示するという趣旨に賛同していた。財界や政界から集まる寄付金に触れながら、たとえ少額でも多くの市民や商人からも寄付金を募ることによって博覧会を国民的な催事にしなければならないと、いかにも公共的精神に訴えかけ、イギリス国民の新聞であると自負するタイムズ紙らしい主張を展開している。(1850年1月28日)

また、工業品を携えて海外から多数の人々が万博に参加することによって、顧客が奪われてしまうのではないかとの中小商店主たちの懸念に対しては、万博は商店主の営業機会を無くすというよりも、逆に刺激を与える機会になるに違いないと、これも、自由貿易を推進する立場のタイムズ紙らしい主張を展開している。(1850年5月6日)

ところが、ハイドパークを万博会場とする計画であることが発表され、会場の建設計画が詳らかになるにつれ、タイムズ紙は反対の論陣を張るようになった。最初の記事が現れたのは6月下旬である。「来年計画されている博覧会がハイドパークのケンジントン方面を会場とすることに対しては、不満の声が大きくなり、繰り返し聞かれるようになってきたため、これを無視することはもはや不可能である。」との書き出しで始まる6月25日の記事は、計画の再考を要求している。

万博会場をハイドパークとすることに、どうしてタイムズ紙は反対したのだろうか。

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