タイムズ紙の特派員はイギリスの国益を担う外交官でもあった

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北京特派員モリソンの記事は義和団の乱後の英国世論を親日的にすることに大いに寄与し、そのことで日英同盟から日露戦争後に至る日英外交関係の蜜月時代を作り出すのに、ジャーナリズムの側から貢献した。
とは言え、タイムズ紙の中で一人モリソンだけが、親日世論形成の功労者であったわけではない。当時のタイムズ紙外報部長ヴァレンティン・チロールも、新興国日本と同盟することが一触即発の極東におけるイギリスの国益に合致していることを社説で説き続けた。チロールは外務省出身で、政治家との太いパイプを持ち、駐英日本大使林董(はやし・ただす)とも懇意であった。

日露戦争終結後、アメリカのポーツマスで講和会議が開かれたが、アメリカで開かれたのはローズベルト大統領が日露講和の仲介役を演じたからである。このローズベルト大統領が、日露戦争の最中にチロールをワシントンに招待したのだ。二人はチロールが外務省の官僚だった頃、一度会ったことがある仲だった。大統領がチロールを招待したのは、日露講和に向けた国際世論の醸成にタイムズ紙の力を借りたかったからである。

タイムズ紙はローズベルトの期待にはあまり応えることはできなかったようだ。だが、アメリカ合衆国大統領が新聞社の外報部長を招いて国際世論の醸成について依頼をするようなシーンは、現在では見かけることはできないだろう。
昔のタイムズ紙の外国特派員や編集者の行動をつぶさに見てゆくと、現在と異なることに気付く。彼らが時に、現在で言えば外交官の役割を演じているということだ。これはタイムズ紙に限らず、他の新聞でも程度の差はあれ同じだったろう。だが、タイムズ紙は他紙を大きく凌いでいたと思われる。タイムズ紙の特派員は国益を担う外交官でもあったのだ。

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