キャロライン王妃事件ではタイムズ紙はキャロラインを擁護した

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ジョージ四世は若いころから素行が悪く浪費も桁外れだったが、それに加えて多くの同時代人の反発を招いたのは、妃キャロラインに対する仕打ちだった。王室スキャンダルと言えば、今も昔もメディアが好む話題だ。最近のところでは、イギリス王室のチャールズ皇太子とダイアナの離婚が記憶に新しいが、ジョージとキャロラインのスキャンダルもこれに似ている。

キャロラインはドイツの公国の出身。27歳の時、イギリスに渡り、皇太子のジョージと結婚。だが、初対面の日から二人の剃りは合わなかったらしい。おまけにジョージには結婚以前から数人の愛人がいて、結婚後もその関係は続いていた。子供は出来たものの、二人の間は次第に疎遠となり、遂に別居。ジョージは離婚のための口実を見つけていたようだ。キャロラインが外国に滞在している間も密偵を送り込んで、キャロラインの生活を監視していたらしい。イタリア滞在中に侍従の男との間に不貞を働いた疑いがキャロラインに浮上すると、王妃の特権を剥奪し国王との結婚を解消する王妃に対する刑罰法案が議会に提出された。

これが世に言う「キャロライン王妃事件」である。タイムズ紙はキャロラインを擁護する論陣を張った。キャロラインを最も強く擁護する新聞であった。離婚を承認する法案が議会に提出されると、離婚を拒否するキャロラインは、ジョージに対する書簡を書き、これがタイムズ紙に独占的に掲載された(1820年8月20日)。コベットの起草になる書簡は、キャロラインの弁護士を通じてタイムズ紙の主筆トーマス・バーンズの手に渡ったようだ。

離婚承認法案は最終的に議会で否決され、キャロラインは妃の地位に止まる。だが、その後もジョージの戴冠式への出席を拒まれるなど、悲運は続く。そしてジョージの国王即位の翌年、急逝した。

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