エコノミストが見た恐慌

Permalink to エコノミストが見た恐慌

エコノミスト創刊の頃にイギリス国内が沸き立っていた鉄道ブームも、終わりを迎える時が来た。好況の後には不況(恐慌)が訪れる。この景気循環が、ある程度定期的に観察されるようになったのも十九世紀が初めてである。特に1820年代以後イギリスは、ほぼ十年間隔で恐慌に見舞われた。エコノミストが最初に目撃した恐慌は、創刊から四年後の1847年だ。

エコノミストは1847年の恐慌をどのように報じたのだろうか。二十世紀前半の世界大恐慌の端緒となった1929年10月24日の暗黒の木曜日のように、恐慌が始まった日付が残されているわけではない。そこで、”Crisis”で検索すると、現在の危機の本質を突き止めようと試みる記事や社説が出てくる。

これらの記事を見て気が付くのは、エコノミストが恐慌の根本的な原因をお金(貨幣)に求めていることである。「今回の危機、貨幣市場」というタイトルの長文の社説も掲載されている。5月1日号の巻頭記事では、「商品の交換を促すために貨幣を導入したことから世界が受けてきた便益は大きいと認めるにしても、交換を規制する原理に関するところで、混乱が生じたために、この便益がどれだけ減少することになったか、評価するのは容易ではないだろう。信用と貨幣の導入が、通商を行なう上でも、文明の生活を享受するためにも必要であるとしても、商品交換の基本的なルールから注意を逸らしたために、そうでなければ単純明快だったものを複雑にし、混乱に陥れてしまったのだ。」

ここに見られるのは、貨幣が商品を交換する手段から離れ、人々の手に負えなくなってしまった状況に対する驚きである。その点では、二十一世紀の現在、私たちがグローバリゼーションという形で経験していることと、本質的には変わりないだろう。この後、世界は何回かの不況、恐慌を体験し、その都度、貨幣の暴力的力を目の当たりにしてきた。1847年の恐慌に関するエコノミストの記事を、私たちは同時代人の眼で見ることができるのである。

tThe Economist 物語一覧へ戻る

短縮URLを共有する:

*短縮URL[たんしゅくユーアールエル]

とは、長い文字列のURLを短くしたものである。リダイレクトを利用して本来の長いURLに接続する。 例えば、 http://ja.wikipedia.org/wiki/短縮URL のページは、Google URL Shortenerを利用した場合、 http://goo.gl/OCZXl と短縮できる。また「p.tl」ならば、さらに短縮され http://p.tl/aIAn となる。

*Wikipedia